第5章 大学教育に物申す
     ---「大学教育基本方針」の有無を問う---





 半世紀の間、大学教育にいわば泥まみれになって携わってきた自称“半世紀先生”のまず第一の提言は、文部科学省からの中央制御的な過保護を受ける体制から可及的速やかに脱却することでしょう。これはプロローグです



 さまざまな形での文部科学省からの規制、そして呪縛から解放されて、各大学が各大学の責任において入学者を集め、ドッグイヤーのスピードで、しかも国境の壁をほとんど無視するが如くに急速に変化していく21世紀サイバー社会(ネット社会)を世界の中で力強く生き抜くことができる
な学生さんを育てましょう。

 各大学が独自のカリキュラムのもとに、自由に授業時間を配分し、授業形式を工夫して取り組むことができる体制を早急に作ることが望まれています。

 日本の文部科学省に相当するようなお役所が諸外国にも存在するのか否か、私は詳しくは知り得ていません。しかし少なくとも米国には我が国の文部科学省(ただし、ここではかつての文部省を意味します。かつての科学技術庁に相当するような国の機関は米国にも勿論あるでしょう)に相当するような役所は存在しないのではないでしょうか。

 このため米国の小学校〜高等学校では国家検定済の統一教科書が数種類準備されているといったことはなく、各州、各都市、各町そして各学校ごとにそれぞれが選んだ教科書を使っているのではないでしょうか。

 もしも我が国において、全国統一の教科書の使用を止めて、せめて各都道府県別の責任で選定すれば、以下のようなことが期待されるでしょう。

各都道府県別毎のセールスポイント、つまり
  • 特産物、農作物
  • 商工業製品
  • 観光地、自然美
  • 郷土の歴史
等々を教科書に盛り込むことができるでしょう。そして生徒さん達の心には郷土への誇りが強く芽生えるでしょう。郷土の将来性を感じることもできて、郷土をより美しく、より強くしようという気持も芽生えるでしょう。

 全国一律の教科書で、我が県、我が町はどこにもでてこないというのでは、如何にも寂しいですよね。
 これとは反対に、よく登場する東京や京阪神に憧れて、ということになりますよね。人口が減って、一票の格差は拡がる方向に進みますよね。

 インターネットを中心として機能するサイバー社会(ネットワーク社会)では郷土にとどまっての仕事が十分に可能になるでしょう。20世紀後半から急速に進んだ過疎化の流れに歯止めがかかるばかりでなく、自然美豊かな郷土に戻る人達が増えることでしょう。私はこのようになることを心の底から祈ります。

 ここで以下のコーヒーブレイクを置きましょう。


♪♪♪♪コーヒーブレイク♪♪♪♪


 ヨーロッパではどうでしょう。私の知る限りでは米国だけでなくドイツでも我が国の文部科学省(ここではかつての文部省の意味)のような国の機関はなく、教育は州毎に任されていると思います。
 州単位で教育・文化庁といったような機関が設置され、その州の特色を生かした教育が実施されているのではないでしょうか。

 ドイツでは小学生の授業は少なくとも10年くらい前までは午前中が中心で、午後の教育は親に任せるというのが一般的であったと思います(最近の国内事情、あるいは州毎の状況の変化によって、週に何日かは午後の授業を実施するようになったらしいですね)。

 何れにしても米国やドイツの教育に対する国としての考え方の基本は以下のような姿勢に基づくものではないかと思います。



 私の人生を振り返ってみて、以上のことを強く感じさせるような出来事はなかったかなと思いを巡らせてみました。“教育は親に任せる”という姿勢を強く感じさせてくれる例を一つだけ思い出しましたので以下に紹介しましょう。

(例1)  今から30年ぐらい前の1985年、米国西海岸にある有名な大学、S大学からG博士が奥様それに小学校に通う息子さんと娘さんを連れて一ヶ月ほど私の勤務している大学に滞在しました。私の勤めている大学とS大学との共同研究を実施するためでした。



 ある日の会話です。

私:  「あなたのお子様、T君もLさんも小学生でしょ。今は夏休みでも、クリスマス休みでもない普通の授業実施期間ですよね。こんな時期に一ヶ月以上も学校をお休みして大丈夫なんですか」

G博士:  「大丈夫です!二人とも宿題をたっぷりもらってきて毎日やっていますからね」

私:  「・・・でも、小学生のお勉強は小学校の先生にちゃんと教えてもらわないといろいろ分からないところが一杯出てくるのではないです?先生に習わないで宿題をちゃんと片づけることができるのですか。私は心配ですね」

G博士:  「(笑いながら)K先生!あなたは小学校を卒業していないのですか?そんなことをおっしゃるのは・・・。私は小学校の卒業証書をいただいています。・・・ですから分からないことは私が教えてあげることができるはずですよ(笑)」

私:  「うーん。でも勉強以外に、クラスの仲間たちと一緒に学ぶことにも、やはり大きなメリットがあると思いますが・・・。」

G博士:  「いいえ。二人の子供達はクラスで勉強するよりももっと大きな勉強をしていると思います。

 毎週のようにあなたが案内して下さっている奈良や京都の神社・仏閣。子供たちは目を輝かして見ていますよ!
 沢山の美しい景勝地の中でも、伊勢神宮はとても印象的だったみたいですね。

 それにこの間、三重県の景勝地賢島で三日間開催されたシンポジウムでは、昼間、子供達は美しい景色を楽しむだけでなく、真珠の養殖なども見学しました。

 夜にはシンポジウム参加の大学院生さん達と大広間でトランプ遊びに打ち興じていました。

 今回、子供たちにそんな機会がたっぷり与えられて感謝しています。子供達には何か大きな収穫があると思いますよ。」


 こんな感じの内容の会話だったと思います。

♪♪♪♪♪♪♪♪







 私は第4章のテーマ4の最後の部分で、“大学生を見る目の変遷”についてお話させていただきましたが、その中で智育、徳育・体育は教育の三本の柱であることを述べました。

 智育・徳育・体育、バランスのとれた教育こそが真の教育であって、勿論、大学教育も例外では有り得ません。昨今は智育のみに偏在した教育が中心であって、いわば一本柱の状況でしょう。

 この智育教育もまた大学受験を最高の目標に掲げたいわば受験術という“術”と一線を画するものではなく、真の意味での智育であるのかという疑問が残されているでしょう。レジャーランドのような状況のなか智育のみが一本柱として残されている大学において、真に智育教育がなされているかについてもまた非常に大きな疑問が残されているのではないでしょうか。

 何故「智育」「徳育」「体育」のバランスのとれた質の高い教育が今望まれるのでしょう。このことをここでは考えてみたいと思います。

実は私は今から8年も前の2004年7月に京都で開催された電子情報通信学会の下部組織「技術と社会・倫理」研究会の招待講演で、まさにこのことの重要性について、お話していました。講演テーマは次のようです。

 
“大学は、今、入学者に何を求め、何を与えるか(招待講演)”


 以下ではこの文献を適宜引用させていただきますので、簡単のため、下記文献を“文献A(2004年)”と呼ばせていただくことにしましょう。

[A] 笠原正雄:“大学は、今、入学者に何を求め、何を与えるか(招待講演)”、電子情報通信学会「技術と社会・倫理」研究会、(2004年7月).

 2004年の講演会では会員の皆さんはとても熱心に聴いて下さいました。
「智育・徳育・体育」バランスのとれた教育の必要性を説いた講演資料記載の文章を以下に紹介しましょう。


“真の教育哲学が退けられる悲劇”
−文献[A](2004年)より、そのまゝ引用−



 明治時代の“カビの生えた教育哲学”との率直なコメントを多くの方々から受けることとなろうが、私は
  • 智育、徳育、体育
のバランスのとれた教育こそ、国家の安寧と繁栄を築く基盤であると考える。徳育、体育の欠落した教育を施すことが、我が国における“カビの生えていない民主主義的教育哲学”こんな風に信じられているのではないか?

 20世紀後半、我が国に押し寄せた空前の経済的繁栄の中で置き去りにされた“真の教育哲学”が、今日、「大学生の学習意欲低下」に結びついてしまったことは、全く疑う余地のないことである。

 私が現時点での理想的な教育として述べたのは「智育」、「徳育」、「体育」の三つのバランスのとれた教育である。実は、この考えは明治の教育者新島襄の建学の精神でもあった。

 新島は元治元年、脱藩して米国に渡り、アーモスト大学で学んだが、このときキリスト教に入信し、帰国後の明治八年京都に大学を創立したのであった。新島が設立した学校校章である三つの正三角形



は、智、徳、体を表すが、この教育思想は新島によって持ち帰られた米国の教育哲学と長く考えていたし、現在もそう確信している。



♪♪♪♪コーヒーブレイク♪♪♪♪


 中国から、私の古くからの友人W博士が学位を有する三人の若い社員を連れて、大阪にある私の大学の研究室を10年ぐらい前に訪問してくれました。我国、そして、中国の教育問題に話が及ぶこととなりましたが、以下にW博士との会話を紹介することにしましょう。

私:  「日本の小学校から大学に至る教育においては、哲学(普段着の哲学)が欠けています。カビの生えた教育哲学と笑われるかも知れませんが、私は教育の三本の柱は、智育・徳育・体育にあると日頃思っています」

W博士: 「先生が今おっしゃった教育哲学は決してカビが生えていません。この哲学は、我国中国の現代の教育哲学なのです。智、徳、体、字も全く一緒です。私の知る限り、中国では過去50年くらい、小・中・高等学校において、智、徳、体で優れた学生は、“三好学生”として表彰されます。智、徳、体の面で優れる学生は進学に際し、有利ともなります。芸術、労働を入れた五好という考えもありますが、三好に含めて考えるのが一般です。

 ひょっとしたら、そして私の思い違いでなかったら、この教育哲学はあの毛沢東国家主席が日本から輸入し、中国で育てたのかも知れませんよ」



笠原注:
中国における“徳”は共産主義思想を意味しているのではないかと想像しています。


♪♪♪♪♪♪♪♪



 米国→日本と渡ってきた三本柱の教育哲学“智育・徳育・体育”のうちの“徳育”は中国では共産主義思想かな、と私は想像します。

 また新島先生の意味する教育はキリスト教の教えでしょう。

 しかし、私の意味する“徳育”はこれらとは全く異なります。人類の歴史を振り返って考えてみましょう。

 今から2500年ぐらい前のギリシャ時代、テクノロジィとはテクネーを支える“ロゴス”と考えられていました。つまり、テクノロジィは日本語でいう“技術”とは全く趣を異にする概念であって、強いて日本語に訳すとすれば

テクノロジィ→技術学

でしょう。これがテクノロジィに対する100パーセント正しい日本語です。(HP21世紀情報文化研究センタをご参照下さい)。

 我が国におけるボタンの掛け違い、つまり誤訳は



という不幸な図式によって起こったのです。この誤訳は国家的大損失と言っても決して過言ではないのです(HP21世紀情報文化研究センタをご参照下さい)。

 さて、私の意味する“徳”とは、テクノロジィのロジィが意味する“学”、すなわちロゴスの中心的思想としての“徳”なのです。

 17世紀の哲学者デカルトの徳育についての教えを以下に紹介しましょう。この文章は文献[A](2004年)について私が京都で講演した際に使用したスライドの文章そのまゝです。


 徳育については、近世合理主義哲学の父デカルトが、道徳こそが人類の英知が生んだ最高の学問と評しているように、知識というハードを有効に生かす“ソフト”なのである。

 デカルトは、著書『哲学の原理』のフランス語版訳者にあてた手紙の中に、以下のような文章を記している。

 「哲学は一本の“木”である。その根は形而上学であり、幹は自然学である。この幹から三つの主要な学問の枝が出ている。これら三つの学問は医学と機械学と道徳である。ここにいう道徳とはすべての学問の完全な知識を前提し、いわば智恵の最後の段階である

“道徳とは智恵の最後の段階”、何かとても重みのある言葉ですね。



 前述しましたように、新島襄先生は米国から帰国した明治八年、京都に学校を創立しました。そして智育・徳育・体育を教育の三本柱と考え、実践しましたが、キリスト教に入信している新島先生の考える“徳”は、勿論、キリスト教の思想だったでしょう。

 一方、戦前戦中時期、我国の教育関係者の考える“徳”は軍国主義的思想に近いものだったかも知れません。しかし、この考え方は中央集権的に統一の文言で与えられたものではなく、各自治体によって少しずつ異なっていたのではないでしょうか。

 戦中、戦前の方が、国はより強く自治体を信頼し、裁量を委ねるという姿勢があったのではないでしょうか。これを受けた自治体は各自治体毎に網領をつくり、その実践の多くの部分を親に委ねるという姿勢が強くあったのではないでしょうか。

 では当時の国民学校(現在の小学校)の通知簿の幾つかを見てみましょう。

 (T)神戸市の場合は、「神戸市教育網領」として以下が箇条書きされています。今の私にも読み方すら難しく、意味・内容は輪をかけて難しいです。すみません、私の実力不足ですね! 何となく、感じで理解して下さいね。



 (U)三重県津市の小学校(当時国民学校)の通信簿には下記のような校訓だけが記載されています。
 校訓にはルビが打ってあり、ちょっと努力すれば子供たちにも理解される(優しい)内容ですね。

校訓 こうくん

我等 われら 身体 しんたい 健全 けんぜん はか 自治 じち 精神 せいしん やしな 礼儀 れいぎ たっと 公徳 こうとく まも 規律 きりつ おも んじ 勤勉 きんべん しゅ とし これ ぶるに 至誠 しせい とく もっ てす 至誠 しせい 天地 てんち 大脛 たいけい 人倫 じんりん 要道 ようどう なれば 日夜 にちや うしな はざらんことを す.

 (V)京都市の小学校(当時国民学校)の通智表では以下のような「我等の信條」「兒童の誓」が記載されています。



 この京都市教育指標とされていた

 “歩け、よく噛め、陽に當れ”

など、思わずほほえんでしまうような内容ですね。また兒童の誓とは何やら仰々しいですが、これまた今日まで残しておいても良かったのでは? という内容ですよね。

 三重県の小学校校訓も、21世紀の今読んでみても内容をもう少し優しい表現にすれば、捨てるに惜しかったのでは? と私自身は思います。

 神戸市教育網領は、私にも内容が難しく、当時の小学生は担任の先生から、その意味、内容を優しく噛み砕いて教えられていたでしょう。
 唯一私にも理解できる「質実剛健」、「識見高邁」なども今に残しておいても良かったのではと思います。

 次の文章は後ほどどの文献から引用させていただくことにして、まずはお読みいただきましょう。


 学校などで交わりをもつ友達とは、「お互い、わかってるよね」と信じあえるようになりましょう。

 また、もし間違ったことを言ったり行った時は、すぐ「ごめんなさい、よく考えてみます」と自ら反省して、謙虚にやりなおしましょう。

 どんなことでも自分ひとりではできないのですから、いつも思いやりの心をもって「みんなに優しくします」と、博愛の輪を広げましょう。

 誰でも自分の能力と人格を高めるために学業や鍛錬をするのですから、「進んで勉強し努力します」という意気込みで知徳を磨きましょう。



 「いじめ問題」が連日、新聞、テレビで報道され、国会でも議論されている今の世の中、この文章を見て、すばらしい内容と感じる方は沢山にらっしゃるのではないでしょうか。

 実はこの文章は、
 明治神宮崇敬会刊『たいせつなこと』
に記述されているもので、『教育勅語』の意訳(口語文)より引用したものです。

 この教育哲学を私達国民は戦後、すっかり忘れ去り、徳育を軽んじた教育に進みました。その結果はどうだったでしょう。

 その答の一つは以下のスライドが訴えている内容でしょう。



 この内容は今から約10年前に私が電子情報通信学会「技術と社会・倫理」研究会で会員の皆さんに現状を嘆いて、改善することを強く訴えた内容です。

 さて、昨今、いじめの問題が大きな社会問題となっていますよね。私もこのいじめの問題に深く胸を痛めています。

 平成25年2月15日(金)出版の産経新聞の日刊第一面に いじめ防止対策基本法案原案の骨子
が紹介されています。その内容は



となっています。

 “いじめてはならない”、
 “警察に通報”、
 “児童らに出席停止を命じる”

 法律の文章だから仕方ないのかなとも思いますが、何か冷たいものが激しく我が胸を襲ってきます。

 前述の明治神宮崇敬会刊『たいせつなこと』の中にある

 “友達とは「お互い、わかっているよね」と信じあう”
 “すぐ「ごめんなさい」と自ら反省する”
 “「みんなに優しくします」と博愛の輪を広げる”

という文言に目に触れると、この思いはより一層強くなってしまいます。



 私が記憶する限りでは、少なくとも1970年代〜1980年代頃の大学では体育は必修科目でした。そして1年生〜2年生の間に実技の単位を6単位取得することが義務づけられていました。

 私自身は、幾つかのメニューの中でベスト・スリーであった“剣道”、“弓道”、そして(“柔道”は中学時代クラブ活動をしていましたので、チームプレイのできる)“バスケットボール”を選びました。これらの実技科目ではもちろん日頃の姿勢も採点されますが最後に厳しいテストを受けた後、単位を取得しました。

 指導者は剣道、弓道とも師範の資格を持っていらっしゃる先生で有段者。バスケットボールはどこかの体育大学出身の元選手であったように記憶しています。各先生が指導する学生数は10名前後でしたから非常に少数クラスで指導も細かく行き届いていました。

 大学におけるこのような“体育”教育は後ほど述べるようなさまざまな理由によって

  • 6〜8単位必修を2〜4単位必修と規模を縮小する
  • 必修科目ではなく、選抜科目とする ※注1
  • 「体育理論」といった数百名単位での多人数教育が一人の教官で可能となる科目を作って、実技科目→講義科目に改変する
  • 全面廃止とする


となったのです。あぁ、あぁ、あぁ…………。

※注1:
必修科目→選択科目にすると現実には中止、廃止と同様の状態となるのです。大学側にとっては好都合かもしれません。


♪♪♪♪コーヒーブレイク♪♪♪♪




 本章では文献[A](2004年)をしばしば引用させていただきました。この文献は前述しましたように電子情報通信学会の下部組織「技術と社会・倫理」研究会で講演した際に出版した論文です。もともとこの研究会は私の生涯の畏友であり盟友でもあるT大学名誉教授、電子情報通信学会の元会長さんでもあるT先生と二人三脚で1990年頃に発足させたものでした。

 「技術と社会・倫理」それ何のこと?というご質問があるでしょう。私の解釈は以下の通りです。つまり一言(ひとこと)で表現すると以下のようになるでしょう。技術(テクノロジィ)はすでに社会という意味を包含していますから、「技術と社会・倫理」を単に技術倫理としましょう。



 以下に述べる大量生産技術(マスプロダクション技術)とこれを受け入れた社会とは連座する関係にあったはずですよね。マスプロダクションが生み出した様々な負の影響に対する責任。私達はこのマスプロダクションを積極的に取り入れた社会の一員として反省しなければならないでしょう。

 こんな話、“体育”と何の関係?と思われる方々に上記“文献[A](2004年)”について講演をした際に使用したスライドをお見せしましょう。

 まず次の1枚目のスライドを見ていただきましょう。



 この放送を耳を澄まして聴いていた1995年頃の私は、この動きが大学教育の中での三本柱の一つである“体育”の行手に現れた大きな“暗雲”であるとは夢にも思いませんでした。しかし確かにこの実力政治家の発言通り、この頃大学キャンパス内に建物の新築が盛んになったように思い出されます。

 因みに私が勤務していた京都の大学では1990年頃に大学の資格面積が大幅に緩和され、そのお蔭で大学内敷地に余裕ができ、約6500平米を使って、1992年、地上五階、地下一階の建物が私の居住する建物に隣接して建てられました。

 職員、学生さんが毎日のようにキャッチボールなどを楽しんでいた空き地に建てられたのでした。

 次に2枚目のスライドを見ていただきましょう。



 2とか3については直ぐ理解していただけるでしょう。4については“それどういうこと?”といぶかる方が、いらっしゃるかも知れませんね。

 私が4を主張し、このように考える理由は、私の大学生時代の学生さんたちと比較したためだったでしょう。因みに私の学生時代は“休講”は大歓迎でした。私のクラスは40名ちょうどでしたが、2〜4チームに分かれてソフトボールを楽しんでいました。休講毎に“それ!”とグランドに飛び出し、チーム対抗戦をやっていました。

 昼休みにはバドミントン、卓球、テニス、キャッチボール、・・・色々楽しんでいたと思います。因みに私はキャッチボールとテニスを楽しんでいました。

 最近は大学内に空き地が少なくなったためでしょうか。スポーツを楽しむ学生の姿はほとんど見なくなり、どこか座る場所を見つけてスマートフォン、ゲームを一人で楽しむ姿を多く見るようになりました。

 こんな光景を寂しく思う先生が、今は多数派でしょう。しかしやがて誰も気にしない時代が来るのでしょうか。

♪♪♪♪♪♪♪♪



 以上のように私は本章で




を訴えました。

 ではどうすれば、よいでしょうか。
 次章ではこのことを精一杯考えてみたいと思います。

乞ご期待!




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